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天に帰る兄

2016.10.08.Sat.16:30
807 :本当にあった怖い名無し:2006/05/18(木) 22:10:13 ID:kTsn/9rB0

ちょっと前に、友人の兄が亡くなった。
俺は友人(仮にgとしておく)の家に行って焼香を上げた。
gと俺は昔から、それこそ一番古い記憶にも顔をだしている位の付き合いだった。
gの兄は俺達よりも6つ離れていたが、“世話係”といった感じで、渋々ながらも俺達の面倒を見てくれていた。
だから結局、gと同じ位に古い記憶に残っている。

gの兄さんは凝り性というか学者タイプで、
大学もダブって院までいって、研助手になってひたすら研究していたらしい。
愛想は良くないし、教授の事も良く無視して自分の事ばかりやっていたので、
『生真面目な変わり者』と思われていたらしい。
良くは知らないが、キノコとか粘菌の研究だったらしい。
彼は都合4年かけて、集大成の論文を上げたばかりだった。
それは彼の最後で最高の、まさに人生を賭けた結晶だったのだと思う。
彼自身「これ終るんだったら、ピリオド打っても良いくらい」と良く言っていたそうだ。
gも「そういう意味の言葉は始終聞いていたな」と、眉を八の字にして泣き笑いしていた。
「でも、まさか本当に逝っちゃうなんてなぁ……」
「あんちゃん、加減知らないから」などと言ってまた泣き笑い。
「俺、今日はここにいてもいいかなぁ」
「いいよ。あんちゃんもその方が喜ぶよ。なんだったら寝ちゃってもいいし」
それで俺は、通夜を彼の家で過ごした。


810 :807:2006/05/18(木) 22:11:20 ID:kTsn/9rB0
「でも、あんちゃんはあれで良かったんだよなぁ」とgが言った。
何故かと問うと、「あんちゃんは、もうこの世でやる事は全部やり終えたから、天に帰ったんだよ」
gはそうやって納得しようとしていた。俺もそう思えた。
否、思いたかっただけかも知れないが、その時は否も応もなく、その場にいた人達は全員頷いていた。
確かにそうだった。誰もが彼の死に、天命に近いものを感じていた。
「すべき事を終えて、彼は満足に死ねたよね」と誰ともなく囁いて、泣いていた。
棺の中の顔は安らかで、少し微笑んでいる様だった。
それで気が弛んだのか、俺は横になった拍子に寝てしまった。

夢を見た。
公衆便所の様な、タイル張りの廊下にいた。
廊下の先が何処まで続いているかは見当が付かない。果てがない廊下だった。
僧侶がいた。
袈裟を纏って、静々と果てに向けて歩いている。その背は綺羅の如く輝いている。
そして、丑に乗った彼がいた。
丑は白く大きかった。僧侶は丑を引いて歩いている。彼はそれの背に乗って、果てに向って歩んでいた。
俺は思わず手を合わせた。涙が出た。
ああ、やっぱり彼は、天国だか浄土だかにいけるんだな。と思った。

ふと横に気配を感じた。gがいた。彼も手を合わせて、頬に涙を伝えていた。
その他にもいつの間に集まったのか、10人あまりの人々がいた。
見知った顔もあれば知らぬ顔もある。皆一様に首を垂れて合掌していた。
みんな心から感動していた。これが生ききった人間の昇天なのだ、と思っていた。
みんなで彼を見送っていると、彼がくるりと振り向いた。
くしゃくしゃの泣き顔だった。


811 :807:2006/05/18(木) 22:11:59 ID:kTsn/9rB0
「みんなぁ……」と彼が言った、と思う。
みんなは微笑んで頷いて、手を振ったりした。
彼は更に顔をぐしゃぐしゃにさせて、駄々をこねる子供みたいな顔になった。
「やだぁ!やだよぉ!怖いよぉ!死にたくない死にたくない死にたくないよぉ!!誰か、だれか!!」
彼はこちらに身体を向けるやいなや、すごい勢いで追いかけて来た。
丑は頭が無い。速い。俺達は逃げた。
追いかけてくる彼の顔はひどいものだった。
「なんで俺だけなんだよぉ、やだぁいやだぁ!これからだって言うのに!!やだよぉ、何処にいくの!
 こわいよぉ!だれか来て、誰か一緒に来てよぉ!怖いよぉ怖いよぉ」
廊下は真直ぐだ、俺達はひたすら走った。
「あ」という声が聞こえて、俺は目が覚めた。

傍らには、gがびっしょり汗を掻いて俺を眺めていた。
「今、変な夢見た」
「俺もだ」
同じ夢を見ていた。gの兄に追われる夢だった。
あんな子供の狂った様な彼の顔は始めてみた。すごい厭な顔だった。
俺達は急いで彼の御棺に向った。
もしかしたら彼の顔は今、あの酷い顔に……と、途中でgの父に呼び止められた。
「おい、Sさんが病院に運ばれた」
「Sさん?あんちゃんの同僚の?」
「通夜に来てくれるつもりだったらしい。八王子のあたりで事故ったんだと。
 居眠り運転だとからしいが、なぁ、こういう時どうしたらいいんだ?」
それは俺達には答えられなかった。
gなどは、「Sさんの不健康で良く肥えた身体なら、死にやしないだろう」と軽口まで叩いて、先へ急いだ。
俺は、夢の中でSさんがいたのを知っていた。彼は足が極端に遅い。

gが手振りをするので棺に近寄った。
棺の扉が開いて、彼の顔が覗いた。
棺の中の顔は安らかで、少し微笑んでいる様だった。
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