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電車にて その2

2016.11.30.Wed.12:30
280 :電車にて 6:2011/09/20(火) 02:35:04.03 ID:MpJsRaLP0

四日目。
この日、本当に必要なものは必要なときにはないのだと俺は思い知った。
最初にあの夫婦とあってから一冬を越し、春になっていた。
その顔を見た時点で、半ば反射的に立ち上がった。
「どうぞ」
「え?ああ、お久しぶりです」
奥さんがこちらをぼんやりと見上げた。そして、ほんの少し微笑みかけてきた。なんだか生気がない。
「あれ…」
奥さんは赤ちゃんを抱いてもいなかったし、乳母車もなかった。
「車内で…する話ではないので」
俺が何を言いたいかを察して、旦那さんが機先を制した。
奥さんの顔をみやると、奥さんがきゅっと唇を噛んだのが見えた。
死んだのだ、と直感的に思った。
その途端、スラックスの裾を、スーツの袖を引く感触がまざまざと感じられた。
いるはずのないものだ隣には。両隣には他のお客さんが座っている。
袖なんてひかれるはずがない。でもその感触がする。
おそるおそるみてみると、服はなんともなってない。なのに腕がゆらゆらと引かれる感触に従って動く。
異変はそれだけではおさまらなかった。
袖を引く力が、俺の前方へと引きずるようなベクトルへと変わった。
「…っ…」
全身総毛立っていた。何かとんでもないことになってる。
もしかして子供たちか?明るく明るく。ファーンキーヒャッッハーと頭の中で叫ぶ。
俺の意識が子供たちへと向いた瞬間に見えた。
一人を除いて全員灰色のぼやけた靄のようだ。子供だとわかるのはその背丈から。
残る一人は俺の膝の上にいた。白い。輪郭がそれと教える。赤ん坊だ。


281 :電車にて 7:2011/09/20(火) 02:39:10.74 ID:MpJsRaLP0
「……っ、な ん  だ、こ れ」
本気で怯えると声を出すのもつらい。途切れ途切れの声は、電車のがたんごとんいう音に勝てなかった。
俺の様子がおかしいと気づき、旦那さんがはじめて笑みを消して、すっと鋭い眼差しをおくってきた。
「どうか、なさいましたか」
気遣いの心なんて篭ってない声。ぐいっと袖をひっぱる力が強まった。
俺は投げ出されるように、目の前の会社員の股間に頭突きをするようにして倒れこんだ。
会社員は男性シンボルのガードを辛くも成功させてくれた。
ありがとうと言いたい。もし頭突きでタマ破裂なんてしたなんてことになったら、俺は会社にいられなかった。
「こ、子供が、見える」
俺がこういったのは、なりふりかまっていられなかったからだ。
アナウンスからもうじき次の駅だと知れた。何かうしろめたいことがあるなら降りると思った。
両手を床について無理やり座席に戻りながら、
目の前の会社員の男性が向けてくる怒り顔に「申し訳ありません」と頭を垂れた。
「あなた、この五人の子供に何したんですか?」
普通なら頭がおかしいと思われてもおかしくない言葉だ。
けれどはっきりと、ありありと怒気もこめた俺の声に、旦那さんの顔に怯えが浮かんだ。
ごくごくあたりまえの帰路につく人々を載せた車内。
「な…何を、頭おかしいんじゃ……」
「一人は赤ちゃん。後の四人はぼやけてる。何って聞きたいのはこっちですよ」
「よ、に?…ひっ……ひァっ!……」
旦那さんが怯えだした。明らかに俺の言った人数に心当たりがあるようだ。
そのとき、ホームの側のドアが開いた。旦那さんが奥さんを突き飛ばすようにして、二人して降りていった。
俺の目には、旦那さんの体にまとわりついた黒い靄が見えた。
どれも必死にママにしがみつこうとしている赤ん坊を、蹴ったり殴ったりしている。
それで、体を襲っていた変調が止んだ。
俺と旦那さんのやりとりを聞ける位置にいた人すべてが、俺を凝視していた。
少なくとも、旦那さんのおびえっぷりが、俺が単なる頭のおかしいやつではないという信ぴょう性を与えていた。


282 :電車にて 7:2011/09/20(火) 02:45:07.88 ID:MpJsRaLP0
「あの、『子供が見える』とか…聞こえたんですが」
恐る恐る声を発したのは、さっきあやうくタマを潰しかけた会社員さんだ。
迷惑をかけておいて事情も言わないのは失礼なのでと前置きをして、
「俺自身信じがたいんですけど。はい。というより、体を引っ張られてて…さっきはすみません」
そういったとたんに、おじさんが「ひっ」といって一歩後に下がった。
体を引っ張られていたというのが余程恐ろしかったらしい。
よくある普通の満員電車で夫婦の片割れが、
目の前のくたびれたどこにでもいるサラリーマンの言葉に怯えて逃げ出した。
そのサラリーマンが、まだ怯えの残る硬い表情でこんなことを言うのだ。
聞く側の立場を慮ってみると、うん、こわいわ。
少なくとも日常の場に、こんな心霊とかいった不気味なものは持ちだして欲しくない。俺自身がそうだ。
俺の両隣の席の人が立ち上がって、人をかきわけて離れていった。
疲れているだろうに、申し訳ない気持ちで見送った。
「…それは、大変。災難でしたね。で、もう大丈夫なんですか?」
「ああ、あの人が降りたらついていきました」
「…そうですか。おとなり、よろしいですか」
「ええ、どうぞ。気持ち悪くなければ」
「ああ、いや、霊能者さんがそう仰るなら」
「私、ただの一般人ですよ。こんな体験、はじめてです」
「そうなんですか?」
「はい。二度と、御免ですね」
俺は、あの巨漢が今日このばにいてくれなかったことをとても心細く思った。
その時の心境はこうだ。
あいにく俺は掘られたくない。
だが、この霊障から救うかわりに手で擦ってくれといわれたなら、間違いなくうんといっていた。

この日、俺はものすごい悪夢に悩まされた。
旦那さんが俺にむかって、「目撃者は死ね」と喚きながら襲いかかってくる夢だった。
目覚めた時のなんとも言いがたい気持ち悪さの中で、視界に灰とか黒の靄がかすめたような気がした。
この日から俺は、神社仏閣の前を通るときは常に一礼する癖がついた。それほど怖かったのだ。


死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?280

283 :電車にて 9 番号振り間違いごめちゃい 一つ上は8:2011/09/20(火) 02:49:20.31 ID:MpJsRaLP0
5日目。
その日は俺は立っていた。その前日もだ。
前回あの夫婦を見かけて以来、一度も座席に座っては居ない。
上石神井でドアが開き、降りる人たちに押されてドアの外にはじき出された。
そのすぐ横に見た顔があった。夫婦の奥さんだ。おれはすぐに周囲を見渡した。あの男だけは勘弁だ。
あの男は本当に、今更ながらに思うが、不吉な感覚がする。
逃げ出すつもりで周りを見渡したが、あの不愉快な顔はなかった。黒い靄も見えない。
「あの、ひょっとして」
奥さんが俺を見上げて、俺がたちまち怯えた表情であたりを見渡したことについて尋ねてきた。
彼女は俺のスーツの裾をひいた。
俺はそれがあの黒い靄の子供のように感じて、びくっと体を震わせて振り払おうとしてしまった。
それが奥さんの手によるものと気づいて、恥ずかしさが募り、赤面してから「すみません」と呟いた。
奥さんは俺にどこに住んでいるのかと尋ねた。
俺は「八坂です」と答えた。奥さんは西武遊園地が最寄りだと言った。
「前にお会いした時のこと、詳しく教えていただけませんか?お茶くらいしかごちそうできませんが」
奥さんが俺の手を握ってきた。何か違和感を感じたので、それとなく視線を落とした。
左右の手のどちらにも指輪がはまっていない。
そして、彼女の胸元にすがりつくように赤ん坊の幻影が見えた。
幻影であったほしかった。見た瞬間、ものすごい悲しみが押し寄せてきた。
気づいて貰えない。抱きしめて貰えない。呼んで貰えない。
これが波長が合うということなのだと気づいた時には、不覚にも涙がこぼれていた。
「あの…」
「わかりました。お付き合いします」

電車にのっている間中、俺はつとめて平静を装った。
みんなも試して欲しい。
奥歯をおもいっきりかみしめて、舌を上顎につけた状態で、口の中から空気を抜くようにする。
舌に圧迫をおぼえるまでだ。
眉間より少し上に力がこもるようにして、左右の耳を後ろ方向に動かすと、硬い表情の出来上がりだ。
まちがっても鼻をふくらませてはいけない。耳を動かす時に鼻が動く人も多いので注意しよう。
これが、私が社会人の啓発セミナー(あぶないところではない)で教えられた、精悍さを装う顔つきだ。


286 :電車にて 9 番号振り間違いごめちゃい 一つ上は8:2011/09/20(火) 02:57:19.97 ID:MpJsRaLP0
西武遊園地についてから、彼女がタクシーを拾った。
私は夜の湖を見ていた。奥さんが「多摩湖です」と言った。
「夜の湖とは、ミステリアスで、デンジャラスな雰囲気がしますね」
平静を取り戻したあとにやってきたのは、ドキドキだ。
奥さんはとても綺麗な方で、そして俺はCherry Boy!
仲良い女性がいなかったわけではない。青春の甘酸っぱさを感じた経験がとぼしいのともちがう。
だが、すべてが良い友達という評価だった。
甘酸っぱいマイナス甘。酸っぱい思い出とでもいうべきだな。
まったくその気になれない相手から好きだと告げられた事が、幸運であったと気づく年齢に俺はなっていた。
ここで巨漢の言葉を思い出した。
『明るくしてりゃ大丈夫』
少なくとも、さっきの悲しみはもうどこにもない。
ついでに、青春の中でやってきていたささやかな幸せを見逃した悲しみも、きっとすぐフライアウェイ。
現実逃避というなかれ。

招かれてお宅にお邪魔した。
結構古びた一軒家だったが、車二台入りそうな駐車スペースをはじめ、広々としていた。
居間にとおされたところで、線香の残り香が感じられた。
仏壇はどこだと見渡して、閉じられたそれをみつけ、真っ先にそこに向かった。
開いてみると、生前の赤ちゃんの屈託の無い笑顔の他に、あの旦那さんの顔写真もかざられていて、位牌が2つあった。
薄々感じていたことだ。あの黒い靄は、明らかに害する目的でいた。
「前回あったあとから、主人が『動く靄が見えるんだ』と喚くようになりまして」
「……そうですか」
奥さんの方は極力みないように、出された珈琲に口をつけた。結構良い豆をつかっているように感じられた。
少なくとも、セールで500g298円の格安豆に慣れた俺の味蕾には高尚がすぎる。
意訳すると、さっぱり味の良さがわかりません。
「四人見えるとおっしゃいましたよね」


289 :電車にて 11:2011/09/20(火) 03:05:51.69 ID:MpJsRaLP0
「そうでしたっけ」
赤ちゃんの心を知ればこそだ。だからこそ鬼にならなければならないと思った。
気づいてもらえず、抱いても貰えず、呼んでも貰えず。
このうち2つは、俺が教えることで解消される。でも、抱きしめるのは無理だろう。
俺のように見えるようになるなら良いが、あれだけ人数がいて見えたのは俺とゲイ人さんだけだったのだ。
奥さんが見えるようになるという前提で教えるのは、奥さんを不幸にするだけだと思った。
そしてそれは、ママを慕う赤ちゃんにとっても、けして幸福なことではないとも思った。
自分が辛いことを言いたくないための言い訳に過ぎないかもとも思って、自分が嫌になりもした。
「確かに、後一人、赤ちゃんもと」
やはりきたかと、心は身構えた。
「ああ、そうでしたね」
「その赤ちゃんは…今は?」
「見えません」
嘘をつくとき、人はおもってもみない行動をする。
視線を避けてきたこの俺がよりにもよって、嘘をいってないと証明するために奥さんの目をまっすぐ見つめた。
奥さんはすぐに違和感に気づいた様子で、それを見て俺が挙動不審であったことを理解した。自分の馬鹿を呪った。
「見えていらっしゃるんですね。では、先ほど泣いてらしたのは」
「それは、ですから、あの四人の黒い靄の子達が成仏したこ…」
俺の意識がそこに及んだ時、全身を悪寒が包んだ。母にすがりつくあかちゃんの一部が黒く霞む。
そのかすみがかった源泉をたどって、俺はまたもあの黒い人形のもやをみた。
四人。いや、四匹だ。そう呼ぶべきだと思った。
悪いが、俺はこの奥さんに同情していた。この赤ちゃんにだってそうだ。
俺の鈍い勘が、この四匹があの男と赤ちゃんの死に関わっているとささやいていた。
不幸を呼ぶものに違いないと、先入観まみれで結論づけた。
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